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仕事がきつかった時の話【エッセイ】

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この記事を書いた人

福岡在住のアラサー。旦那と1歳の子どもの3人暮らし。
コールセンター勤務。
私の経験を元にブログを執筆しています。

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エッセイ
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私のモットーは

・7割くらいの力で生きる

・自分を削らない生き方

・丁寧な暮らし

・頑張らないで良い時は頑張らない

・足るを知る

である。

なぜ、これがモットーになったのか。

私は20代の後半はずっと管理職をしていた。あちらを立てればこちらが立たずなんて毎日だった。それなのに上司からは無理難題を要求されていた。

ストレスフルな生活が何年も続いた。

給料は上がっていったが、絶対に給料に見合ってない仕事量だったと思う。

毎日、部下の誰かに陰口を叩かれていた。社内アンケートというものがあり、社員が管理職の人たちのことを評価するアンケートがあった。それに、私は毎回めちゃくちゃに書かれていた。

しかし、その陰口を叩く人たちの要望通りにすると上司の要求に背くことになるし、部全体のことを考えると、みんなが少しずつ納得しない形にする他なかった。

それに、この点については私が管理者として未熟な点もあったと思うが、私意外に業務のことを詳しくわかる人がいなかったため、休日でも呼び出しされたり、電話がかかってくることもあった。

気が休まる時がない。

管理職手当が1万円ついていたが、その1万円は毎月どこかしら調子が悪かった為、病院代に消えていた。

そのためか、私は20代後半にして白髪まみれだった。

特に、右側の前髪だけ全部真っ白である。当時は必死に黒染めをしていた。

結婚した女友達と絶縁した話でも書いたが、結果、私は28歳のときに、子宮内膜症、喉頭蓋炎、逆流性食道炎の3コンボを叩き出した。

これは、もう無理だ。

体からのSOS。

これ以上働くと私は、元に戻れなくなる。

そう、悟り、私は仕事を辞めることにした。

結婚して、子どもも今ではいるが、その時の仕事はやめてよかったと思う。もし、今も続けていればと思うとゾッとする。

しかし、辞める時に何人の方にも、あなた以上に仕事ができる人はいない。あなたの仕事の仕方が好きだったのに。本当にお世話になりました。と私にアンチの言葉を投げつけてきていた人以上に、好意の言葉すごく多かった。

私は嫌われ者だと思っていたのに。私へのアンチコメントは本当に一部の人たちだけだったんだと辞める時に知った。

今となっては、心も体も健康だと感じることが多い。

まず、今、正常な頭で考えると

・病気になると病院代がかかるし、仕事を休んで病院に行くと、給料が減る

・ストレスの原因になった人や物は責任をとってくれない

健康でいることは1番の節約。とても健康とはコスパが良いということに気づいた。

健康だと、仕事も捗るし、仕事終わりも健康だと、自分のしたいことができる。家事もしっかりできる為、惣菜を買うこともほとんどない。

前の、仕事に疲れた状態だと、家に帰って酒を飲んで、風呂に入るのがギリギリだった。

髪を乾かさないで寝たことが何度あるか。

酒も飲むので、負のループ。

しかも、酒飲まないと、その日のストレスで夜は眠れない。

その時は、それが当たり前だと思っていたが、今思うと当たり前ではない。

異常の一言に尽きる。

その為、今は心のバロメーターを作っている。

・自炊ができなくなった

・家の掃除ができていない

・髪の毛を乾かさずに寝ている

・占いサイトを見る

これに1つでも引っかかると、あ、私は疲れている。

休まなくては!と思うようにしている。

そんな時にコーピングリストを実施している。

え?こんなの私は日常茶飯事だけど?こんなんで疲れているっておかしくない?

甘えすぎじゃない?もっと辛い人もいるでしょ?

と思う方もいるかもしれないが、バロメーターは人それぞれ。

私のバロメーターはこれです。

それに、そういう考え方をしていると、結局、一般的な基準が下がってしまって、より一層、キツくなってしまうと私は考えている。

そんなことで甘えんな、みんなもっときついんだ!

みんなきついと思っているなら、そのみんなもキツくならないようにすべきだと思う。

昔、小学生の時の同級生の言葉が今でも頭から離れない。

夏のめちゃくちゃ暑い体育館で全校集会が開かれたときに、みんな手に持った下敷きで自分自身を煽いでいた。すると、先生が、下敷きであおがない!みんな暑いんです!と怒っていた。

すると、友達が、みんな暑いと思っているなら、それを改善するように努めろよと、横で言っていた。

今考えても全くもってその通りだと思う。

よく、みんなという言葉を使って同調圧力をかけてくるが、結局はそのみんなという言葉に隠された裏側の言葉をよく考えなければならないと思う。

子どもの時からずっと、努力を強いられていたようにも感じる。

私も、子どもの時にドラゴンボールやワンピース、ナルトなどの王道ジャンプ作品を読んできて、努力の大切さは知っている。

しかし、私たちはサイヤ人ではない。

バカみたいに修行したり、戦ったりして、死に際を味わったからと言って、さらに強くなることはそうそうない。

本当に生きる屍のようになってしまうだけだ。

どう足掻いたって、スーパーサイヤ人になんてなれないのだ。

舞空術だって使えない。

努力が無駄というわけではないが、頑張りすぎるのはよくないし、ましてや、体が動かなくなるほどの体と心を無視した頑張りはよくない。

私はその管理職をしていた仕事を辞めた後、週4日で仕事をしている。(現在は育休中だが)

休みが3日あるの最高。

家事する日と身体休める日と友達と遊ぶ日にできる。

本来、人の休みてってこれがベストなのでは?と、さえ感じる。

そもそも、週40時間勤務(8h×5日)は労働基準法のマックス上限である。

標準ではない。

給料減るじゃん。

と感じる人もいると思う。

しかし、疲れ果てていた時に比べると、私は断然貯金ができている。

家事をしっかりする為、食費が減ったし、何よりも病院代が減った。

これだけでも何万円単位の節約になっている。

それに、家計簿もしっかりつける時間が持てるようになった為、無駄使いも減った。

前の仕事は契約社員で、管理職をしていた。上司推薦で正社員の話も来ていた。今は、契約社員で週4日。

正社員で働いていても、体も心も穏やかでいれないのであれば何も意味はない。

私は現時点ではそういう結論に至った。

現在、昔の私のように、仕事やプライベートに悩んで、インターネット検索しまくり、心の落とし所を探している方に、このブログが届けば良いなと思う。

他人の評価を気にするなと言われても難しいと思う。

しかし、自分の人生の責任をとってくれない人の言葉ほど、どうでもいい言葉はないと思う。

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